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ちゃーりーの「どっからでもかかってきなさい」

ジャイアンだとしても、映画版です

続ける

最近ちょいちょい走るんだけど(いつまで続くか)、走っている時に実感することがある。それは、「走りきる」ことが可能なペースで走りながら、「昨日よりすこし早いペース」で走りきることを目指す、というのは、わりと何にでも応用できる、ということ。

 

例えばランニングで言えば、最初は「昨日より早いペース」を出すことは、そんなに難しくないはずだ。最初は遅いから。で、あるレベルまでいくと更新がむずかしくなる。「努力した」と思った時間に対して、「対価を得られた」と実感できる機会が減る。さらに言えば、「昨日より遅くならない」ことさえ難しくなる。このような状況になったときにも、ずっと、「昨日より早いペース」を望み続けて、クオリティの高い努力を続けられるかどうか。望み続けて、と書いたのは、あるレベルまでいくと「満足」という感情が現れるはずだということで、それを振り切って自分を向上させ続けるのは並大抵ではないだろう、ということ。

 

プロ野球選手は全野球人口におけるエリート集団の集まりだと思う。みんなすごい。その中で、高いレベルのパフォーマンスを出し続けるようなレジェンド達は、要するに上に書いたようなことを続けられる人たちなのではないかと思う(もちろんそれだけじゃないだろうが)。トップ5%に入るのか、1%より少ないところに入ってくるのか、という違いは、そういうところなんではないかという予想で、これは多分、僕がいる研究の世界でもそうであるような気がする。