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ちゃーりーの「どっからでもかかってきなさい」

ジャイアンだとしても、映画版です

山ごもり

昔の人たちがなぜ、「修行」の名の下に山ごもりなんかをしたのか。奈良の山に囲まれて暮らしているからか(というのは冗談としても)、最近、この問いに対するざっくりとした答えがわかってきたような気がする。自分があと何年生きるかは分からないけど、どれだけクオリティの高い山ごもりをできるか、というのが、今後の人生に効いてくるのだろう。

 

次女さんが散らかした本のなかに、ワトソンの「二重らせん」があって、パラパラと読んでみた。そこで改めて思ったのが、「二重らせんの発見」という発見の、凄まじい一般性だ。Gerenal、というのはまさにああいうことなんだ。