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ちゃーりーの「どっからでもかかってきなさい」

ジャイアンだとしても、映画版です

自らを評すること

最近ぽろっとtwitterにも書いたんだけど、「自分にみえる自分」と「他人にみえる自分」のあいだには、大きな違いがあることがものすごくたくさんある。ちょっと考えてみたらこれは不思議でもなんでもないんだよなあ。例えば僕の見ている赤が、長女さんに同じように見えているとは限らないし、僕が鏡でみる自分の顔が、奥さんが見ている僕の顔と同じようだとは限らないわけだ。いわんや、自分の性格etcをや。

 

そんなわけで最近、自分で自分を評することにはほとんど意味がないのだな、と思うようになった。研究業績なんかだと数字的にわかりやすいこともあるから多少意味があるかもしれないけれど、自分がどんなタイプ、みたいなことは、考えてもあまり意味がないだろうと思う。意味があるとかないとかいうことももちろん、context-dependentなんだけどね。