読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ちゃーりーの「どっからでもかかってきなさい」

ジャイアンだとしても、映画版です

ハロウィーン、論文、なかの先生のつぶやき、非モデル生物、ヒト、心からやりたいこと、縁

ハロウィーンシーズンで、何だか浮き足だっている。この時期って、やけにイベントが増えて、集中が難しくなる、気がする。日照も短くなるので、何だかうちに帰りたくなるし。

 

こういうときは、調べものをしたり、書き物をしたりするのは結構集中できる。冬場に論文が出ることが多かったのは、4月はじまり、という日本のシステムと、僕のこの性質による気がする。今週は結構進んだ。来週頭の所内セミナの準備にもなったし、良かった。

 

なかの先生のつぶやきが更新された(http://www.fbs.osaka-u.ac.jp/labs/nakano/essay_025.html)。そうだなあ、と思うところが多かった。確かに、昨今の状況は単純に、科学が進んでいることによるのかもしれないんだよね。

 

前のラボにいたころは、まだ非モデル生物をやるのは難しかった。カイコゲノムのアセンブルがマシになったり、ESTを作りまくったりしていたころ。それで結構進んだかと思えば、機能解析は難しかったりして、いろいろあった。最近は、さらに技術が進んで、もっともっと便利になってきているようで、「非モデル」と「モデル」の差は、知識の蓄積量くらいなのではないか、という気がしてくる。

 

世の中にはクレイジーな生物がたくさんいる。みているだけで面白いと思える現象がたくさんある。擬態とか。そういうのをやるのは絶対楽しいだろうな、と思うし、研究費分配のコスパとか多様性の維持とかを考えても、そういうニッチにひとが散る、というのは、良いことだと思う。実際、面白い生物を対象にして面白い研究をしている方々が結構いる。

 

僕はいまのところ、ヒトへの距離が近い研究をしたいなあ、と思っている。この場合の心情的問題は、なかの先生が書かれているようなところに直結する。対象が一見「変」ではないので、ありきたりとか当たり前に見えたり、意外性を感じなかったりするわけだ。分かり易く「変なこと」をするのはとっても難しい感じがする(がんをやりはじめて得た実感)。それでもやっぱり、研究していて、「自分のことが分かったような気になる」のは面白い。さらに、自分の研究で喜ぶヒトがいればそれもまた嬉しい。あと、実は、研究(介入実験)のしにくさ、という意味では、ヒトほど「非モデル生物らしい」生物もいない気がしてきた。。。ヒトも超変な生き物だと思うし。一見「変」ではないのは、見た目の研究人口が多いからかな。

 

ずいぶん言うことが昔と違うのが自分でもよく分かるので、自分でも違和感を感じたりしなくもないのだが、最近はだいたいこんな気持ちです。ずっとメモってきたプロジェクトリストのなかに、これまでとは全く異なる動機で心からやりたいことがいくつか出てきている。転機になるかもしれないな。こういうときに思うのは、縁みたいなものはやはり大事だ、と言うこと。世界中全てのことを知ることはできないわけで、知っているものの範疇でヒトは動くのだから、周囲との関係(人間関係や、身の回りに起こったこと)は自分の興味を形成することに一役も二役もかっているはずだ。そういう縁は大事にしたい。