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ちゃーりーの「どっからでもかかってきなさい」

ジャイアンだとしても、映画版です

セプテンバー

頭痛以降何だか万全じゃない感じだ。そして気がついたらもう9月。。。早すぎる。。。渡米以降は時間がたつのが遅く感じたものだけど、最近はもう、飛ぶように時間が過ぎていく。もうこちらに来てから1年5ヶ月かあ。だんだん数えなくなってきている。

 

昨日の昼は、久しぶりにsyossetでお寿司を食べた。長女さん次女さん、どちらも良い子で助かった。あそこのお寿司はだいぶおいしい。ねぎとろも登場していた。

 

今日はこれから久しぶりにIKEAなどに行く予定。奥さんと長女さんと離れて、カフェで書き物などをする予定。

 

ミーティングで、面白いなあ、ということをしているひとと、そうでないひとをみるわけだが、違いは何だろう、という話になった。ただの雑談だったけど、以下のような感じ。先に断っておくと、僕らがみるのは、「うまくいった」ストーリーであり、そのあいだに何があったかは知る由もない。また、「面白い」は、僕がそう思う、というだけの意味であって、一般化はできない。

 

1. 新技術の有無は面白さの有無とは必ずしも相関しない

面白いことをするひとは、使い古された技術しかもっていなくてもそれを達成する、そんな感じ。すなわち、足りないのは自分の脳みそであるケースが大多数だ、ということかな。プラス、面白いことをしているひとは方法論に拘らない感じもする。結果論だから、何だっていいんだよね、実際。

 

2. 面白いことをするひとは、(例え小さくても)新発見のにおいを見逃さない

これは当たり前なんだけど、結局、多くのひとは、目の前にチャンスがあるのに見逃すのだと思う。エンカウントしないわけではないと思う。これはこういうものだ、という既成概念に囚われていると、データが示すほんの少しの小さな差やにおいを、簡単に見逃してしまう。それを見逃さないことが第一ステップ。2倍は信じないとか、ストーリー穴埋め式のサイエンスをやっていると、余裕で見逃す。

 

3. 面白いことをするひとは、2で見つけたものを信じて突っ込んでいく

見逃さなくても、その先を信じられずに撤退して、当たり前のことに終始してしまう、ということもよくみる気がする。僕が結構そうだけど、feasibilityやreasonableさ、rationalesなどを考えすぎるひとに多いかもしれない。ちなみに、最近出てきたスーパーエンハンサーも、みるひとがみれば、ただのエンハンサーの集合だ。あれを単位として認識できるか、というのが1。そこに意味を見いだそうと突っ込んでいけるか、が、2。かな。

 

4. 面白いことをするひとは、良い意味でざっくりしていることがある

これは説明が難しい。が、僕の知る限り、2、3を経てブレイクするようなひとは、変にディティールに拘りすぎない(拘らないわけではない)。引き続きスーパーエンハンサーを例にとれば、あれは、よく見ると例外をたくさん見つけることができる。しかしまあ、例外なんて探せばあるもので、そこに拘ってしまうと進むものも進まない。においをかぎ、信じて、突っ込むときに、さらりからりざっくり、慎重かつ慎重すぎず、といったようなメンタルでやっているのではないか、と思う。

 

5. 面白いことをするひと(実行者)は単なる批判者ではない場合が多い

これはたぶんに僕の主観が入っているけれど、4と関係して、「とにかく批判的なひと」は2-4を満たさない感じがする。しかし、「とにかく批判的なひと」が周囲にひとりだけでもいると、多いに役立つ場合も多い。面白いことをするひとは、こういうタイプのひとを活かすことが上手である気がする。 

 

6. 番外。結局、ほんとに面白かったかどうかは時間が決める

1-4のことは現時点での話。そして、それがほんとに面白いかとか意味があったかとかは、だいぶたってから分かるんだろうと思う。

 

スーパーエンハンサーを例にとったけど、個人的には妄信しているわけではない。いくつかのことが必要だろう。あとちょっとしたら真偽が分かるはずだが、面白いと感じることにかわりはない。冗談で、「ウルトラエンハンサーとグレートエンハンサーをみつけた」と言ってみたら、真剣に焦らせてしまった。

 

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手塚治虫は、どんなに自分独自の路線があったり、自分の作品に自信があっても、「自分には描けない作品」とか、「思いつかなかったこと」をやった作家をみると、どエラい勢いで嫉妬したらしい。少し分かる気がする。僕は自分のことに自信もあるけれど、それと、ひとがすごいのは別だし、特に、自分とは異なる視点で研究を行っているひとをみて、焦燥や嫉妬、憧れを抱くことがある。プラスに解釈すれば、自分の視点を信じすぎず、常に視野をオープンにしている、っていうことかも(笑)。

 

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午後は久しぶりにIKEAへ。奥さんがごはん容器を溶かしてしまったのだ。ついでに次女どののふとんも。遊具スペースが結構あって、5時間くらい遊び通した。長女さん、脚が速くて、追いつけなくなってきている。。。ああいう場所はいろいろなものが見え隠れする。他の子をぶってものをとったりするような子を怒らない親とか平気でいる。信じられない。カエルの子はカエル、というのは、遺伝的もだけど、環境的要因が大きい気がする。持っている車の値段でそのひとのエラさが決まるのよっ!って洗脳して育てたら、まずは車の値段をきくこどもになるだろう。

 

途中、次女どのを見ながらのフリータイムがあって、結構論文が書けた。

 

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追記。面白いことをするひとは、信条、信念、夢をもって、楽しくやっている場合が多かろう、というのは当たり前です。USにきて、単に野望だけでやっているようなタイプも見たし、最初の動機は結構結果オーライなところがあるし、多様性がより高いところかな、と思って書きませんでした。