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ちゃーりーの「どっからでもかかってきなさい」

ジャイアンだとしても、映画版です

Great discussion

真に素晴らしいディスカッションというのが出来たときの快感ったらない。いやはや、僕がそう思っているだけかもしれないんだけど。もうプロジェクトがあるということは、問いが定まっているということだ。問いが定まっているということは、解決に向けて走り出しているわけだ。もとい、多くの問いは、解決可能性を考慮しながらたてられるわけで、僕みたいに根が結構慎重な場合は、まず、(早く)解けそうか、みたいな基準で物事を考えてしまったりする。そういうときは、リーズナブルなディスカッションはできても、グレートなディスカッションはあんまりできない気がする。

 

グレートなディスカッションっていうのはつまり、どういう問いをたてるか、ということをガチガチで考えたりするときにうまれる気がする。もう、漠然と、何をやったら面白いか、ということを、実現可能性をあまり考えずに(もちろん頭のどこかでは考えるけど、条件として上にこない)話し合うことの楽しさったらない。

 

僕はポスドクをはじめた1年前は、分野を変えたのもあって結構conservativeだった気がする。まあそのおかげもあって、論文がひとつ出て、いまのやつも論文にならない、ということはない。というわけで、最低ふたつのクレジットは残る。ここまでくれば僕も、よりチャレンジングなことをできる(これがないとできない、というのは問題かもしれないけれど、多分に性格に由来するので、改善はできないかも)。いまは、それをやりたい気持ちがありながら詰めばっかりやっているのでちょっとフラストレーションがたまっている感じだが、このまま頑張っていこう。

 

というわけで、昨晩のだべりディスカッションはグレートだった。