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ちゃーりーの「どっからでもかかってきなさい」

ジャイアンだとしても、映画版です

Ethics training最終日、ノート、ガリレオに学ぶ

今日は結構な雨。朝細胞の世話と、ウェスタンの続きをはじめて、そのままethics trainingの最終日へ。ムービーゲーム形式で、さまざまなシチュエーションに対する選択肢を選びながら、仮想ラボでのポスドクライフを演じる、というもの(URL: http://ori.hhs.gov/thelab)。あなた(ポスドク)は、

 

1. あまり結果が出ていない

2. ボスにプッシュされまくっている

3. 奥さんが妊娠している

4. ラボ内にfraudしているひとがいる

 

という状況でラボライフを送っている。かなり最初のほうで、ボスが、自分の仮説に合うようなデータを出せ、と暗にプッシュしているシーンがあって、大方の参加者はここで、「とりあえずやりすごす」を選択していた。僕なら、「ふざけんな」だなあ(笑)。こちらのひとたちも、1-4のようなシチュエーションではかなり保守的に動く、ということが良く分かった。ゲームからよりも、参加者の動向から学ぶことのほうが多かった。プラス、皆笑っていたけれど、ああいうことの「種」はそこらじゅうにある。どうしてサイエンスをやっているのか、というところをはずすとああなるんだろうな。

 

恥ずかしながらノートをずっとテキトーにとっていて、最近怒られたので、きっちりやりはじめたのだが、これが結構楽しい。もう1ヶ月以上きっちりやり続けているので、書く。いままではPCにいろいろ書き入れていたんだよね。ノートにすると、「ぱらぱらめくれる」ということができるのが良いなあ。これは電子ブックと紙本を比較するときにも思うことだ。

 

たまにドラマのガリレオをやっているのだが、結構ひどいデキだと思う。いちばん酷いのは主役のセリフまわし、まあつまり台本だ。天才変人、というのが設定のはずだが、驚くべき論理の破綻がものすごい頻度で出てくる。つまり、全く天才変人に見えない。さらに、その行動/心理を論理的にトレースすることが困難だ(梅ちゃん先生もそうだった)。その部分はこのドラマの中心であるような気がするので、少なくとも僕にとっては、カレーのないカレーライスみたいに感じられる。さらにさらに、犯行そのものにも緻密さがない。完全なる個人的見解だが、登場する人物の動きに一定の一貫性がないと、どうしても興味が薄れる(リーズナブルな理由に基づく変化は良い)。その点、あまちゃんはそういう基本を全くはずしておらず、素晴らしい。これはほんとうにまったくもって科学論文にも(以下省略