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ちゃーりーの「どっからでもかかってきなさい」

ジャイアンだとしても、映画版です

夢オチ、なんとか坂の青春

研究

メインプロジェクトはいま、考え方としては、たぶんケーキのスポンジはできて、いちごをのせるような、きれいにクリームをぬるような段階に来ている。やるべきことはかなりクリアになっているが、こういう状況の実験は個人的にはそんなに楽しくない。観察したいものを観察しよう、という、若干偏った気持ちで実験しないといけないからだ。何がなんだかよく分からない、可能な選択肢がたくさんある、という入りの状態が、不安であり楽しく、道筋がはっきりと見えたところが、興奮としては最大だ。いまくらいのところ、すなわち、ディティールとか、この発見をどこまで一般化できるのか(一般化っていうのは生物学ではだいぶまぼろしだけれど)?、という感じのところまでくると、「次はこんなプロジェクトがしたいなあ」という気持ちになってきて、まあ、ぶっちゃけると、少しずつ飽きてくるわけである(オイオイ)。

 

で、まあ、そのやるべきこと、は、例えば三ヶ月以内にできることとしてはメジャにはふたつあって、「どうやったらうまくいくかしら」というつまらない気持ちで(しつこい)やっているわけだけれども、こういうふうに冷静に書いておいて、実は、うまくいけうまくいけ、と思っているようだ(笑)。それが反映されたのか、明け方、やった〜、見つけた〜、みたいな夢をみた。が、論理的に考えると何かがおかしい感じで、はっと目をさますと、やはり夢だった。ちくしょう。時間差で残り一個、ブルーベリーになるかもしれない材料ができてくるので、そこまでにいちごを、仮でも良いのでのせたい。そんなにうまくいかないね、たぶんね。

 

昨日寝る前に、なんたら坂から、を観た。すごい良かった。僕はああいう平凡めの話を、飾り立てすぎることなくシンプルに、起伏少なめ淡々と描いていく話が好きだ。あまりの甘酸っぱい青春に、若干のダメージをうけてたりして。。。僕は埼玉のクレヨンしんちゃん的な場所にある県立男子高に通っていたのだが、カルチェラタンのシーンは、あの頃のあの高校の汚さと暑苦しさを連想させた。隣に女の子のいる場所はなかったけどね(笑)。