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ちゃーりーの「どっからでもかかってきなさい」

ジャイアンだとしても、映画版です

分野変更の是非?

雑感

プライマーも来ないし、待ち時間が長いので、連続ポスト。僕は生来書くことが大好きで、論文も書きながら実験する。議論し、書くことによって考えを纏めるタイプ、ってことなんだろう。書くのもそんなに時間がかからないし。

 

ポジション探しに関連して、分野を変えるということの意味について考えてみた。これは、ポスドク先を探すときに結構メインの要素となるだろうし。

 

僕は、分野は変えたほうが良いと思っている。大きな理由のひとつは、自分が分野を変えて楽しかったからだ、ということはさきに断っておく。あと、これは、絶対にPIになりたいんだ、と考えるサイエンティストはこうしたほうが良いんじゃないか、ってことで、必ずしも万人に当てはまるわけではないことも当然断っておく。まあ、それらを差し引いても、いくつかの(きちんとした?)理由がある。

 

考え方としては、もしも僕がどこかのPIで、ジョブトークに来たPI candiateをみたときに、こうだったらこう思うなあ、っていう考え方だ。僕だったら、そのひとが、自分なりの世界を持っているか、ということと、それが自分、ひいては自分の所属するinstituteと違うか、ということを重視すると思う。その視点にたつと、Ph.Dをとってからポスドクとして似たようなことをしているひとを見た場合、いくつかの疑問が生じてしまう。一般には、Ph.Dプロジェクトの多くは、「ラボのプロジェクト」だろう(僕はそうじゃなかったけど)。「ラボのプロジェクト」はPIが考えたものだろう。学生ももちろんプロジェクトの操縦に関わるのだが、プロジェクトがPIから生まれたなら、それはやっぱり「PIの仕事」だろう。なので、前のPIと被ってんじゃないの?とか、このひと、自分で考えたことじゃないことが世界でいちばん面白いと思ってるのかな、とか、考えてしまう(後者がより重要)。いくつかの世界をみたからこそ、これがほんとうに面白い、エキサイティングだ、とはじめて結論できるわけで、自分がいたところの流れをそのまま受け継ぎたいような学生はあんまりサイエンスに向いてないような気がする(なかのせんせいの受け売りだけど)。結局これらで、自分の世界をもってないな、って思うことになる。

 

また、ポスドクからPIになる際にテーマを変えるのは困難だ(コメットさんの受け売り)。となると、Ph.Dからポスドクでテーマを変えない場合、ず〜〜〜〜っと同じことをやることになる。これは、先に書いたようなことを求める立場からすればそれだけでマイナスだ。Ph.Dラボに延長滞在もかなり微妙だな、僕は。それがノーベル賞的な研究ならまだしも。なんでそのタイミングでPh.Dとれたんだ?やり残しがあったのに?と思ってしまう。

 

とはいえもちろん、これは表面的なもので、それでいてプロジェクトがめちゃくちゃ面白くて、ポテンシャルがあるんなら僕はイエスというと思う。だがしかし。それって、かなり難しいんじゃないだろうか。かなり似たような流れをもつPh.Dラボとポスドクラボ、少なくともふたつのラボが存在するのに、他を経験せずしてそこに新しい何かを導入するのは、並大抵ではない。

 

そう、僕は、魅力的なPIになるためには、分野を大きく変えて新しいことを体験しまくって、それらの経験をミックスする、というのが、「ユニークになる」ためにある意味最も簡単だ、と思っているのだ。短期的には変えないほうが楽だと思うが、長期的には変えたほうがらくちんだ。僕の特徴はウェット&ドライ、非モデル&モデル、基礎&応用、とかになると思うけれど、同じ組み合わせをもつcandidateに出会う確率はかなり低いと思う(それでもまだ結構ありそうだけど、まあ、カイコはいないだろ)。サカナ&ハエ、とか、それこそウーパールーパーとか、そういう組み合わせが他人と被る確率は、単一の要素が被る可能性より低いのは自明だ。

 

というわけで、戦略的に?考えて、分野を変えることは、プラスの側面が大きいように思う。変えなくても大丈夫?なのは、分野がめちゃでかくて長生きする分野だ、とか、まだ黎明期でヒトが少ない、とか、そういうときかな。生物学の時代的にもそういうのは厳しくなってきているし、ひとつのことのスペシャリスト、っていっても、殆どの実験は慣れてしまえば中学生でもできるんである。スペシャルに、ユニークになる、ということの難しさは、遺伝子の配列を決定して博士号をとれた頃とは違うだろう。

 

さらに大外のきっかけ的理由は、僕の尊敬する研究者の多くは、ごく自然にどんどん取り組む分野を変えている傾向にあるからだ。メジャな発見をしたらさっと次へいく、というメンタリティに憧れる。尊敬する本物のスペシャリストも何人かいる。が、先に書いた通り、時代的なことを考えれば、生半可では決してダメで、ここで述べたスペシャリストはスーパーウルトラハードコアである。そして、僕は性格的にそれはできない、と思った、いや、思わされた(笑)。

 

まあこれらはある意味、無味乾燥な戦略的な理由で、最大の理由は、僕はそのほうがもっとサイエンスが楽しくなる、と思うからだ。だって楽しいじゃないか、いろんな角度からものごとを見られる、というのは。Nobodyになってスクラッチからがんばる、というのは。そういうふうに考えた時に、結局、続けることができたとしても分野を変えよう、と思ったし、そうして良かったと思う。

 

結局僕は僕なら僕をとるかな、ということを書きつつあるような気がしてきた。で、これは危険なので、常にいろいろなひとと話して自分を外からみることも非常に大事ですよ、と当たり前のことを書いておしまい。

 

(でもこれは、分野を変更するのが正しい、とか言っているわけではない。結果が出せなきゃ外向きには意味なかったね、ってなるし。確かにリスクはある。大事なのは「自分の」ポリシーもってものごとを決めているか、っていうところだろう)