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ちゃーりーの「どっからでもかかってきなさい」

ジャイアンだとしても、映画版です

Just following your nose

今日はラボミ。院生さまが実験がたてこむというのでqPCRのマシンが使えず、おかげでのんびりできた。ラボミは盛況。まあ、あれだけ進んでいればね。プロジェクトの進捗もさることながら、かなりいろいろなポテンシャルが育ってきたし、何よりコンセプト的なものがどんどん出てきているのが楽しい。

 

僕は基本9時-18時にラボにいる。土日は午前のみだ。もちろん、攻めのときはもう少しやる。でもとにかく普段は、さっさと帰って家族とごはんを食べて、夜はのんびりインフォをやることが多い。

 

とはいえ、見た目にはいわゆる「ハードワーカー」ではないために、渡米当初は結構マイナスの評価が多かった。傷ついたのは、「ハングリー精神が足りない」というコメント。これはのちに、単に実験量を増やせ、ということだと分かり、そらアホやわ、ときかないことにした。大事なのは、必要な実験を適切なタイミングで適切に行うことであり、実験の量でアクティビティを語ることはできない。僕は(労働的な意味で)ハードワーキングするひとを尊敬はするけれど、ハードワーキングすること自体を誇ったり、それを他人に強要したりするのは、非常に貧しい考え方だと思う。労働的な意味では楽して、なおかつ素晴らしい成果を得られたほうが良いではないか。

 

でまあ、ツキとか、素晴らしいコラボレーションなんかがあって、結局ラボでダントツの効率でプログレスを生み出しているので(いまのところ)、僕のスタイルが賞賛されるようになってきたんである。これはちょっとウケる。でもそういう評価の仕方をするひとはまたひっくりかえすおそれが多々あるので、特に左右されないようにしている。Just following your nose、というのは、僕のスタイルなんだって。嗅覚が鋭く、実験の打率が高い、ということを言いたかったのだと思われる。実は、サイエンスを労働と捉えすぎているひとが多いのかもしれない。そういう側面も確かにあるのだけれど、僕はとにかくサイエンスを楽んでいるので、労働、と捉えたことはないから、このあたり共感するのは難しい。

 

こういうふたつのスタイルを語るときに陥りがちなのは、どっちかを支持してどっちかをけなす、ということだ。僕は労働的にハードワークする、というポリシーをあかん、と言っているわけではなくて(もしそれがポリシーなら)、僕にはあわない、と言っているだけ。結果が出てるなら何でも良いし、そのひとがそれで楽しいならどうぞ、という感じである。だから僕も、こうしなきゃあかんよ、ってひとに言うことはない。