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ちゃーりーの「どっからでもかかってきなさい」

ジャイアンだとしても、映画版です

技術革新

すさまじい勢いで技術革新が起こり続ける今だからこそ、本質的な問いにシンプルに問いかけるようなアプローチも大事だとおもう。

中古戸建のすすめ

最近中古の戸建を購入して、引っ越した。そのとき、いろんなことを考えたので、書き留めておく。もちろん僕はこんなの素人だけど、いろいろな意見(特に血縁者...)、情報をまとめて考えたことなので、そこそこいけているはずだと思う。一番重要だと思ったのは次の3点。

 

・刻一刻と変化するライフスタイルに合わせてタイムリーに住み替えたい

・出口が見えていれば、戸建購入のリスクは十分にコントロールできる

・とことんシミュレーションする

 

1. 戸建購入は危ない?

住居を「固定」するということは、研究者という職業の性格と合わないところが多い。ちょっと考えただけでも、下記のような心配がある。

 

・異動が多い(=任期が決まっている場合が多い)

・公募を見るときに、土地に縛られてしまう

・ローンを組みにくいかもしれない

 

2. ライフスタイルと住居のマッチングはタイムリーである

一方で、1にのみ縛られてしまうと、「戸建が合うライフスタイルは実は期間限定である」という点を軽視することになってしまう。

うちの場合、来春から小学生1人、幼稚園生1人、となる。4人家族だ。

特に小学校への距離や周辺の住環境は、ものすごく気になるファクターだし、自我が強烈に育っているので、そろそろ、家族4人、きっちり別々になれる空間が欲しい。

いっぽうで、下の子が小学校を卒業する時分になれば、小学校への近さはどうでもいいファクターへと変わり、別のファクターが重要になってくる。

このように、ライフスタイルと住居のマッチングはタイムリーに決まることが多く、さらに言えば、こどもたちが家を出たら、広い戸建は必要なくなってしまう。

少なくとも僕らにとって、戸建の住環境がいいなあ、と思うのは、向こう10-15年くらい、ということになる。

 

3. 「出口」を計算できることが重要

1-2からもわかるように、戸建購入は必ずしもそこでの永住を意味しない(永住しないことが決まっているわけでもない)。つまり、どこかの段階で、その家を出る可能性が十分にある、ということになる。ちなみに僕は現状が好きすぎて、あんまりそういう可能性は考えていないのだけど。

 

出るときにどうするかというと

 

・賃貸に出す

・売る

 

賃貸を探すとよくわかるが、賃貸にはマンションの方が強い。マンションはえてして便利なところに建っているいっぽうで、戸建はより閑静なところ、ちょっと不便なところにある傾向がある。また、「ずっと賃貸」するくらいなら売る方が良い、と考えるわけで、賃貸ということは、貸主がいつか戻ってくるという条件で借りてくれる人はそうはいないだろう。

 

そうなると、戸建購入のわかりやすい出口は「売る」ということになりそうだ。

この場合、価格あたりの「長年住むことにより償却する分」、すなわち、建物そのものの価格がいくらになっているか、ということが重要なパラメータになる。

 

というのも、土地は、その地域一帯の価格が暴落でもしない限り、価格が大きく動くことはない。バブルがはじけた後の土地価格は比較的安定しているし、僕がいるあたりは特にそうだった。土地代に関する情報は多く、公示価格、路線価、近所で売りに出た土地価格、何年かの取引記録など、これらを参照すれば、土地代に関するあてはつきやすい。

 

で、建物。日本は「築年数」が非常に価格に影響するので、「えっ、全然住めるじゃない」と思うような住環境でも、建物の価格はどんどん下がっていく。

もう少し古いものを大事にした方が良いとは思うのだけれど、商い習慣みたいなものなのでしょうがない。

 

例えば土地代率が80%-90%あれば、土地はなくならないので、ローン支払いは土地に積み立てていっているような感覚になる。

この点がマンションと違うところで、マンションの価格変動は僕のような素人には実に読みづらい。良いことがなければただただ下がっていくわけだが、その辺の償却率をうまくイメージできない。さらに言えば、管理費や修繕積立費はローンとは別だ。

万一貸しに出すことになった場合で、借主が見つからないケースでも、これらのランニングコストは必ずかかる。

戸建のランニングコストは理想的なケースでは固定資産税だけで、中古は固定資産税も安いので、そこも強みだ。

 

一応書いておくと、新築は、絶対にそこに住み続ける、という保証がない限り、リスクがある。新築の場合、住みだしたその瞬間から価値が下がっていくし、もちろん、価格も固定資産税も高くなる。土地値までの距離があればあるほど、リスクは大きくなる。「リスクを避けるため」に住居を固定し、キャリアに影響してしまう、ということも出てくると思う。

 

4. シミュレーションする

先行きが不確実な場合であっても、物件の出口がしっかりと見えていれば、割と確かなシミュレーションをすることができる。

 

今賃貸にいるのなら、その賃料や駐車場代などをもとに住居費を計算する。

A=[現在の住居費] x [X年]

 

買おうとしている物件を購入した際の住居費Bは、

 

B=初期費用(手数料などを含む)+[ローン支払い年額] x [X年]

 

これに、出口、すなわち売却するときのコストCを考える。

 

C=売却費用(手数料など) + [ローン残債] - [売却価格]

 

B+Cが購入してX年住んで異動する際に発生するざっくりとしたコストということになる。

 

ここで、売却価格を想定しやすい、ということはとても重要だ。

書いてきたようにすると、とりあえず土地値で売れる、ということにして、すぐに売りたいケースを想定、つまり、安く叩き売る必要が出た時も想定する。

そういう場合は不動産業者などに買い取ってもらうわけだが、相場x0.9くらいを想定すると良さそうだ。建物が0円ではないわけなので、これは結構保守的な想定だ。

 

叩き売らなくても良い、つまり、ローン+次の家賃に耐えられるような経済状況であれば、もう少し損益をコントロールすることができるだろう。

 

以上のようにして算出した様々な[A]と[B+C]を天秤にかける、ということになる。

購入して数年(例えば任期から想定)内に移動する、となった場合、例えば3年、で最悪の想定をしたときに発生する損益が家計を破壊しないのなら、リスクをコントロールできている、ということになる。購入時点での貯金額などが勘案材料になる。

 

B+Cがマイナス、わかりにくい書き方になってしまったがつまり、売却時に貯金が増えるような状況まで住むと、賃貸より買った方が良かった、ということになるケースが多い。この計算も、建物の占める価値率が低ければ低いほど、計算しやすいのだ。

 

5. 金利について

銀行に行くと、固定金利か変動金利かの決断をせまられる。

固定というのは向こうX年、何があっても金利は一緒ですよ、というやつで、経済状況によって変動する変動金利よりも固定金利の方が高い。

人によっては、より高い固定金利がお金に余裕のある人向け、変動金利が余裕のない人向け、というのだが、僕はそうではないと思う。

 

変動金利は、「将来金利が上がるリスク」に対応できる人が、そのリスクが実現しなかった場合に低金利を享受できる、というもので、そういうリスクに対応できない人、つまりキャッシュに余裕のない人は、固定金利にすべきだと思う。

さらに言えば、固定で支払いがきつくなるような場合は、身の丈以上の買い物をしようとしている、といっても良い気がする。

リスクに対応できる、というのはつまり、金利が上がった段階で、ローン支払い額がそれまでと変わらないくらいまで元金を減らせる、繰り上げ返済をできる、そのくらいのキャッシュがある、ということだ。

 

金利がいくらくらいか、固定にするか変動にするか、ということは、4のシミュレーションに大きく影響するので、大事なファクターだ。

 

一応具体的に書いてみると、例えば3000万円を35年、1.5%の固定金利で借りたら、月々の支払いは91855円。0.6%なら79208円。こういうのもウェブでサクッと計算できるので(http://www.loankeisan.com/)、便利だ。

 

超理想的には、買おうとしている物件の半額〜全額をキャッシュで買える資金を持ちながら、低金利を利用してのんびりローン、というのが良いと思う。「借りる」感覚で買えたら、かなり気が楽だ。

 

研究者仲間と話すと、買う=永住、危ない、という感覚だったし、僕もそうだったので、こういうふうに考えた、ということをまとめてみた次第。

 

こどもたち

こどもたちは天才だと思う。ほとんど先入観なく状況を読み取り、とてもユニークな考え方をする。こどもたちに、「これってどう思う?」と聞くと、だいたい面白い(≒自分が最初には考えない)ことを言う。だから、「エボシ様が良い人なのか悪い人なのかっていう問題を考えていくと、良し悪し、善悪は立場によって変わってくるんだよ」と教えるんじゃなくて、「エボシ様って良い人だと思う?悪い人だと思う?」と聞く方が面白い。

 

本の読み聞かせもそうだ。僕が本を読み聞かせると、どうしても僕の解釈が声色や読み方に入る。それよりは、勝手に読みなさい、と言って、後で感想を聞く方が面白い。この先どうなるんだと思う?とか。僕が読み聞かせをしないのは、自分で読めないような本を買ったり借りたりしなさんな、とか、僕は僕でだいたい何かやっている、というのが主な理由なんだけど。それでも彼女たちの思考に僕の思考を前提として入れると面白くない、というところは、さっきの例と共通している。

 

こどもたちを見ていて思うのは、こどもたちの営みのあらゆることを、なるべく邪魔しないで、見守っていたい、ということだ。自分もそうされたように思うし、その方が面白いし、何より、楽といえば楽だしね。

久々

気がついたら1か月以上の時間が経っていた。そうこうしているうちに次女さんは3歳に。

ルーズヴェルト・ゲーム

こどもたちと図書館にいったときに借りた。スパッとした日本語で、読みやすい。ストーリーもわかりやすくて、一気に読んだ。勝敗を分けたのは、たしかな技術力という正攻法、それを貫く粘り、チャンスを逃さない観察。染みる。

はて、ドラマをやっていたような気がする、と思ってみたら、驚いた。長門という脇役が出てくるんだけど、脳内マキタスポーツさんで読んでいたら、本当にそうだった笑。

図書館は本がタダという素晴らしい場所。よく考えたらすごいことだよ。

続ける

最近ちょいちょい走るんだけど(いつまで続くか)、走っている時に実感することがある。それは、「走りきる」ことが可能なペースで走りながら、「昨日よりすこし早いペース」で走りきることを目指す、というのは、わりと何にでも応用できる、ということ。

 

例えばランニングで言えば、最初は「昨日より早いペース」を出すことは、そんなに難しくないはずだ。最初は遅いから。で、あるレベルまでいくと更新がむずかしくなる。「努力した」と思った時間に対して、「対価を得られた」と実感できる機会が減る。さらに言えば、「昨日より遅くならない」ことさえ難しくなる。このような状況になったときにも、ずっと、「昨日より早いペース」を望み続けて、クオリティの高い努力を続けられるかどうか。望み続けて、と書いたのは、あるレベルまでいくと「満足」という感情が現れるはずだということで、それを振り切って自分を向上させ続けるのは並大抵ではないだろう、ということ。

 

プロ野球選手は全野球人口におけるエリート集団の集まりだと思う。みんなすごい。その中で、高いレベルのパフォーマンスを出し続けるようなレジェンド達は、要するに上に書いたようなことを続けられる人たちなのではないかと思う(もちろんそれだけじゃないだろうが)。トップ5%に入るのか、1%より少ないところに入ってくるのか、という違いは、そういうところなんではないかという予想で、これは多分、僕がいる研究の世界でもそうであるような気がする。

さてさて

昨日は久しぶりにサッカー。というのも、サッカーをやる曜日に雨が降ること3週連続だったのである。せっかくスポーツウェアを買ったのに、と歯がゆかったんだけど、昨日はカラリと晴れて、とても気持ちよいスポーツ日和だった。

 

ここ数回、どうしてこんなに方向転換でこけるんだろう、と不思議だったんだけど、思い出した。重心を下げないと、方向転換も、ダッシュもうまくいかないんだ。それに気がついてから、とりあえず下手くそでもどうにかできる「前線でのボール追いかけ回し」だけ頑張ってみたら、ちょっとパスが来るようになって、昨日は2ゴール決めることができた。

 

スポーツをすると頭がスッキリして、食欲も湧くし、睡眠も深くなる。そういう意味では、スポーツを「しなければいけない」という状況が確かにあるんだ、と、ようやく納得しつつある。とはいえ、そんなにスポーツする機会、ないんだけどね。