読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ちゃーりーの「どっからでもかかってきなさい」

ジャイアンだとしても、映画版です

論文発表

現所属になってグループを持ってからちょうど3年、一つ目の論文を発表することができました。"Remote reprogramming of hepatic circadian transcriptome by breast cancer"という内容です。

 

研究の流れとして、重要な位置付けにくる論文になるだろう、と思っています。この他数報のレビュー中の論文もうまくいくといいのだけど。

 

www.impactjournals.com

 

ビビッとビジョン

昔からよく、ビビッとビジョンが浮かぶことがある。自分の未来が見えるような感覚で、良いことに対しても、悪いことに対しても、ある。そうやって浮かんだイメージは実現することがとても多くて、僕はこれを、説明のつかない何かだと思っていた。ビジョン、(良いことの場合は)天命、よく当たるカン。そんな理解をしていた。

 

のだけど、最近、「そういうことがある」ということを知人から聞いて、このビジョン、どうもカンでもなんでもなくて、自分自身が潜在的に行っている観察、分析、判断やなんやの集合体なのではないか、という考えにたどり着いた。

 

30年以上生きていると、人生において考えるべき軸の数が増えていく。自分だけでコントロールできる軸もあれば、周囲の環境に強く影響される軸もある。軸同士は独立の場合もあるし、相互に複雑に影響する場合もあるだろう。僕の場合、どうも、この軸のバランスが「最適だろう」という状態にあることが幸福度と強く関連しているらしくて、意識的、あるいは無意識的に、そのバランスを動かしているらしい。

 

バランスは、長く安定して続くような時もあるし、それこそ数日の単位で遷移していく時もある。この遷移状態が重要で、これは、「新しい解」を探しているような状態なのだと思う(だと思う、というのは、だいたいこれは潜在的に行われる作業らしいから)。どうも、(良い)ビジョンの一部は、ここでいう「バランスの新しい解」がパチッとはまったような時に浮かぶらしい。ビジョンは大抵、最後にハマった軸のことが浮かんでいる気がする。例えば、あとみかんさえあれば新しい解にたどり着く、と思った時に、「自分はみかんを手に入れる」ということが浮かぶ。

 

この間、すごく多くの分析、計算、判断が動いていて、自分の性質や実力を「正直に」調べているっぽい。なので、例えば、アメリカ大統領になる、とか、火星にいく、みたいなビジョンが浮かぶことは絶対にないのだ。それが新しい解に繋がるとしても、自分の実力や志向性的に全く届かないものが最後の軸になることはない。上の例では、自分はみかんを手に入れる実力があるし、みかんは他の軸の状態の状況から考えても良い追加なのだ、ということが判断できているから、「みかん」と浮かぶ。

 

このビジョン、矛盾するようなんだけど、自分で意識的にコントロールすることはできない。軸が増えれば増えるほどそうなってきていると思う。なので、「自分はうまくいく!」というように、自分を説得することはできないし、自分に嘘をつくこともできない。「うまくできないだろう」というビジョンが浮かんだら、敗戦処理を考える。そこからめちゃくちゃに好転することはまずないから。

 

こんなことを考えていったら、僕がこれまで「天命」みたいに思っていたことは、「自分並びに自分の周辺環境に対する観察や分析に基づいて自分が潜在的に下した判断に基づく自分への命令」なのかな、と思うようになった。

 

これを考えてて出てきたところだけど、無理やり「イメージ」を作ってからそこに向かう、ということをしたことが実はない。あくまでたくさんの軸のバランス、自分の実力なりなんなりがきちっと調和した時に初めて、近未来の「イメージ」が勝手に出てくるのだ。近未来とは言っても、大抵、他の人から見たら遠く見えるらしくて、例えば奥さんに言わせたら、「はい?何言ってるの?」となるのでした。

逃げ恥

凄まじい破壊力である。シナリオだけ見れば、荒唐無稽だと言って良いかもしれない。コンセプトとしては、「大人に中高生な恋をさせる」ということなのかな、と思う。ほとんど「耳をすませば」に近いようなノリだし。「めぞん一刻」よりはだいぶ子どもっぽいし。

 

そもそも、あれだけお互いに印象の良い男女が、あんな風になるわけがない。おかしい。どう考えてもおかしい。契約結婚てなんだ。ハグの日ってなんやねん。なんでそこでひくねん、あほかっちゅーねん。

 

僕は、ドラマだろうが映画だろうが、制作側の背景やテクニックを勘ぐってしまうタイプであり、そんな僕とは何もみたくない、という人はいる(e.g. 奥さん)。そんな僕に、「こ、こんなツッコミはどうでも良いな」、と思わせる、ガッキー。恋ダンス。ガッキー(と星野源)が、全ての問題を吹き飛ばしている。

 

凄まじい破壊力だ。

オープンハウス

目下進行中のプロジェクトの概要について、たくさんのひとと話せた。話はどんどんわかりやすくなっている。がんばろう。

ううむ

なにかが増えたり減ったりしたとき、それをどう解釈するのか。それが難しい。インプットの違いなのか、アウトプットか。両方なのか。

忙しい

色々出ていて、並行して処理するのが難しくなってきた。解析、というか解釈が追いつかないといけないのだが、深く潜りこんで解釈するには、当然ながら深く集中する必要がある。驀進するのみ。

自転車

論文と長女さんの自転車練習を交互にやるような週末だった。補助輪なしの練習。外に出やすくなったので、このあいだ買ってあげた次第。

 

漕ぎだしたら迷うな!ひたすら前にすすめ!下を向くな!転んだって死にゃしない、恐がってどうする!なんてえらそうなことを言いながら、なんだか自省してしまった。長女さん、だいぶこげるようになった。ひたむきだなあ。